分権・参加時代の区行政改革提言(案) 市民の願いと自治体労働者の働きがいを実現する区行政をめざす
1996年12月1日 はじめに 大阪市は、昨年(1995年)12月に『大阪市区行政検討委員会最終報告』(以下『最終報告』)をまとめ、「区における行政」(以下「区行政」)の今後のあり方について市のプランを示した。 大阪市は、これまでも「区」について区政研究会を設置するなどして、その研究結果の報告書を出し、これにもとづき機構改革や職制変更などを行ってきた。例えば1972年の大阪市行政区審議会答申では行政区の再編成、つまり合区、分区のための検討を行ってきたし、1980年代中頃からは、区長の総合調整機能と広聴広報機能が検討された。また区役所の企画調整機能が検討され、職制が変更された時期もあった。しかし、これらはいずれも部分的であったし、合区・分区は、関係する行政区は一部に限定されていた。今回の区行政改革プランは、従来の個別的・部分的検討にとどまらずに、広範囲な分野にわたっている。とりあげられている課題は、@高齢化社会対策、Aコミュニティ支援のあり方、B広聴広報機能および相談機能の充実、C生涯学習のための施策の充実、D人権施策のあり方、E企画立案機能、F区長権限と総合調整機能、という7項目にわたっている。すべての区に直接的な影響が波及することが予想され、これまでのものとはスケールが違っている。当然、市役所労働者はもちろん市民・区民にも無関係であろうはずはない。 大阪市役所労働組合(大阪市労組)は、これまで革新的・民主的な大阪市政の実現をめざして活動し、その重要な課題の一つとして区の問題にも取り組んできた。区役所支部や分会では市政を変革する草の根の運動として区民との共同行動をとりくみ、住民の信頼を積み重ねてきている。 本『提言』案は、大阪市労組区政対策委員会として都市行政コンサルタントの初村尤而氏に絶大な協力をいただき、大阪市がまとめた『最終報告』などの区行政改革プランを評価し、不十分性や問題点をのりこえる方向でまとめた。本『提言』案をもとに組織内はいうにおよばず広く市民のみなさんにも議論をいただいてより具体性のある提言にしていきたいと考えている。 T.『最終報告』の底流 1.地方分権の流れ 大阪市が、この時期に区行政改革プランを出した背景には三つの底流が考えられる。 第一の底流は、地方分権の流れである。第二次行革審の『国と地方の関係等に関する答申』(1989年)や第三次行革審最終答申(93年)などを源流に、95年5月に地方分権推進法が成立し、これに基づき地方分権推進委員会が設置された。その動きの根底には、国家の政治・行政を再編成しようとする財界の戦略がある。国は、外交や防衛などの最低限の役割・機能だけを担い、その他の行政は自治体にやらせようとするものである。地方分権推進委員会は、本年3月に『中間報告−分権型社会の創造−』を発表したが、これも基本的にはこの流れに沿ったものといえる。同時に『中間報告』は自治体を国の下請け機関としてしばりつけている機関委任事務の廃止を打ち出すなど、これまで国が地方自治体を支配してきたしくみを改め、地方自治を強化するのに必要な方策をかかげるなど積極的な部分も含んでいる。地方自治の充実・強化を求める住民運動と自治体の働きかけの成果である。 このような複雑な内容をもった地方分権論議は、国と自治体との関係のあり方の見直しにとどまらず、自治体内部においても本庁部局が持っている権限を住民にとって最も身近な行政機関(例えば、支所や政令指定都市の区役所)に移し、住民に近いところで行政の意思決定を行おうとする「内なる分権化」や「住民自治」といった考えにも行きつかざるをえない。「内なる分権化」や「住民自治」についての議論は、国から自治体への権限移譲である「団体自治」に関するものに比べると、表舞台に立った華やかなものとは決して言えないが、次第に注目されるようになっている。とりわけ人口規模が大きい大都市では、行政と住民とが遠い関係にあるだけにその必要性が語られるようになってきた。指定都市市長懇談会が設置した「市民の暮らしから明日の大都市を考える会」が発表した報告書『市民のくらしからみた明日の大都市』でも、「大都市独自の都市経営理念の導入とそのための手段の整備」の一つとして「市民に身近な行政区の充実・強化」がとり上げられた。政令指定都市各市でも、「区政の充実」「区長権限の強化」などの研究が行われ、すでに実施されつつある。 2.住民運動の要望 第二の底流は、区行政強化を求める住民の長年にわたる要望運動である。 84年11月に、大阪市政問題研究会(代表/斎藤浩氏)は『みんなで考えよう地方自治−身近に役立つ行政区制度への提言』を発表した。ここには、区役所の事務範囲の拡大と区長権限の強化などとともに、区民の直接選挙で選ばれた代表による区民議会の設置とか、区民が選挙で選んだ人を区長として市長が任命する準公選制など、大胆な提案が含まれていた。区民にとっては身近で重大な関心事であっても、 260万人の人口を擁する巨大都市に吸収されてしまうと局地的な些細な問題に薄められてしまい、地域住民の声が市政に届かない実態が指摘されている。また巨大都市では、その広域性もあって、市民にとって身近な福祉や教育や街づくりなどの行政水準がきわめて低くなっている。大阪市の区と同等規模の人口を持つ周辺都市との行政水準に大きな格差が見られる。 住民運動は一貫して区行政問題を重視し区役所に対して住民要求を提出したり、大阪労連大阪市内地区協議会のように区における高齢者対策の実態を確かめてゆく活動をねばり強く行っている。こうした運動によって成果も上がってきているものの、多くの場合は要望書を出しても区役所の回答は、「担当外なので関係機関に連絡しておく」「予算も権限もないので、どうしようない」というものだった。「区長権限を強くせよ」との住民運動の要望におされて、大阪市は区役所が独自に使える財源を増やすなど改善しつつあるが、金額がわずかなうえに、区民まつり(区政振興費)とか不法投棄ごみの清掃(区環境整備費)など使途が特定されていたり、せっかくの自主的財源でありながら「区のあらまし」とか「ガイドブック」などの印刷配布にとどまっている(区企画調整費)など、住民の切実な要望を実現できるものに使われているとは言いがたい。こうした現実から区行政に抜本的な改革を求める声は依然としてつよい。 3.『大阪市総合計画21』推進の体制づくり 大阪市はこの1年間に重要な方針を矢継ぎ早やに発表している。 96年3月には『大阪市総合計画21推進のための中期指針』(『総合計画中期指針』)を確定した。90年10月に策定されたマスタープラン『大阪市総合計画21』の「計画編」は、計画期間を2005年までの15年間としたが、その後バブル経済の崩壊と長期不況により年経済成長率 4.3%という前提条件が崩れ、また常住人口も目標の 280万人に遠く及ばない見通しとなったことなどもあって、計画策定後5年間の進捗状況をフォローアップし、21世紀までの5年間の施策を明らかにしたものがこの『総合計画中期指針』である。 さらに、大阪市は96年3月に『大阪市行財政改革基本指針』(『市行革基本指針』)を作成し、21世紀までの5年間の行政運営の進め方の基本を打ち出した。『市行革基本指針』は二つの性格を持っている。一つは自治省の指導を受けた行政サービスの切り捨て、いわゆるリストラプラン大阪市版としての特徴である。95年10月に自治省が『地方公共団体における行革推進のための指針』、いわゆる自治体リストラ指針をだし、全国の自治体に行財政の改革プランを策定するよう指導した。『市行革基本指針』はこれを受けて作成された。もう一つは、『総合計画中期指針』にもとづく今後5年間の施策実施のための行財政プランという性格である。つまり「総合計画推進のための行革プログラム」だということである。 市の区行政改革プランは『市行革基本指針』のなかで「新たな区政の展開」として取りあげられている。すなわち、区行政改革プランは、総合計画21推進という市行政の流れのなかに位置づけられているのである。これが第三の底流である。 U.市の区行政改革プランの検討 以上のような底流のなかで発表された大阪市の区行政改革プランは、基本文書である『大阪市区行政検討委員会最終報告』(『最終報告』)のほかに、『最終報告』に至る過程でまとめられた8本の『中間報告』、そして市民局市民部区政課がこれまでの庁内での検討内容をまとめた『総合的区行政の推進について』(『区政課まとめ』)に示されている。また、『市行革基本指針』やその実施計画である『21世紀に向けたまちづくりをすすめるための行財政改革実施計画』(『市行革実施計画』)にも方向が記されている。ここではこれらの文書から市の区行政改革プランを検討する。 1.区行政改革プランの評価 大阪市の区行政改革プランは二つの顔を持っている。 第一に、区役所について積極的な位置づけがされていることである。 「区役所は地域における第一線の行政機関として、地域に密着した行政サービスを推進し、市民と市政を結ぶパイプ役として重要な役割を担っている。その機能充実にあたっては、地方分権の趣旨を踏まえ、住民の視点に立ちながら、住民参加の促進と自治意識の高揚につながるものとする必要がある」「地域的な課題の解決に向けた積極的な施策推進の中心的役割を果たすことが、区役所に求められている」「局ごとの『縦割り』を『横割り』に転換し、地域住民に効果的な行政サービスを提供することが必要となっている」(以上『区政課まとめ』)。ここには、地域における「第一線の行政機関」「地方分権の趣旨」「住民の視点」「住民参加の促進」「『縦割り』を『横割り』に」など、区役所の位置づけにとって正確で重要な視点が示されている。『市行革基本指針』では、こうした区役所を「シビックセンター」として位置づけている。 大都市行政の現状についても「ともすれば地域ニーズに対応した的確な行政サービスを提供すべき事務運営を阻害するだけでなく、住民参加による個性ある地域社会の充実を困難にする要因を生み出してきた側面もあった」(『中間報告』)と述べている。区長については、「地域における総合的行政機関の総括者」と定義づけるとともに、「縦割り行政の弊害を排した行政の組織的・体制的整備が不可欠であり、住民参加を指向した区における総合行政の展開が必要である」としている。そして「区長権限と総合調整機能の充実・強化を図っていかなければならない」(『中間報告』)と強調している。 以上のように、大阪市の区行政改革プランは、全体として、地方分権の趣旨と住民の視点に立ち、区役所を地域における第一線の総合的行政機関と位置づけ、縦割りの弊害を排した行政体制を整備し、住民ニーズと地域特性にマッチした行政を進めるという理念に立っているといえよう。この理念は従来、住民が要望してきたものと一致するところも多く、1984年の大阪市政問題研究会の『みんなで考えよう地方自治−身近に役立つ行政区制度への提言』が示した区役所の位置づけとも重なるところがある。その意味で、大阪市の今回のプランの基本理念は肯定的に評価でき、その線にそった具体的改革が実施されることが期待される。 しかし問題は、具体的な改革内容がこの基本視点にそったものになっているかどうかである。その点でも評価できる部分もあるが、残念ながら重要な不十分性や問題点が次第に浮かびあがってきている。これが、大阪市の区行政改革プランの第二の顔である。そこで次にその不十分性や問題点について指摘する。 2.基本文書に理念が欠落 区行政改革プランは全体として見れば基本理念がかなり明確であるが、不思議なことに基本文書である『最終報告』そのものに、区行政と区役所の改革についての原則なり理念なりが欠落している。『最終報告』は、「1.経過について」「2.各課題における充実等の概要」「3.中間報告を受けて既に実施した内容」「4.今後の取り組み」が掲げられているだけである。わずかに次のような表現が見られるが、後に続く表現の前段に添えられたにすぎない。 「市民から信頼される地域の総合的行政機関としての区役所の機能拡充を図るために…」 むしろ気になるのは『最終報告』の次の表現である。 「情報化・高齢化社会の進展、物質的豊かさから精神的豊かさ、余暇時間の増大、効率から『ゆとり』へなど、社会状況、価値観の変化に伴い、市民ニーズも複雑多様化し、これらの変化に即応していくことが求められているところから」区行政のあり方の検討を始めたという、表現である。精神的豊かさ、余暇時間やゆとりの増大などの状況が存在していることは否定しないが、それが区行政検討のきっかけだというのはやや的外れとしかいいようがない。些細なことのようだが、「基本理念の欠落」と「的外れなきっかけ」が、基本文書である『最終報告』に見られるだけに、『中間報告』に書かれた基本理念が本物なのかどうか読むものには不安になる。 いずれにしろ『最終報告』には、地方分権や住民参加の思想はおろか、区行政改革そのもののポリシーが不明確なのである。 3.区長権限と区役所機能に根本的改革がない 市の区行政改革プランの第二の不十分性は、区役所機能と区長権限の根本的・抜本的強化策がなく、従来の改革の範囲を超えるものとはなっていないことである。 区役所のあり方についての市のプランは、具体的な6項目の施策を除くと、@区における企画立案機能の充実、A区長権限の強化と総合調整機能、の二つである。「区における企画立案機能」とは、区の地域特性を生かした事業を企画し立案することを言い、その充実策として、企画担当者会議や企画推進会議の設置、区民への地域情報の提供、企画調整費の活用などがあげられている。また「区長権限の強化と総合調整機能」では、地域特性を生かしたまちづくりをすすめるために区独自の調査活動や計画策定をめざすことがあげられ、局・事業所との連絡調整などもあげられている。 区行政改革プランの個々の項目を見ると、区民各層・地域別等による区長懇談会とか自発的な区民のまちづくりに対する支援とか、区の課題等を明らかにした「白書」の作成など、積極的なものがある。ただ、これらが市政全体にどのように反映され、生かされていくのか、その実効性は不透明である。なぜなら「住民とともに地域特性をいかしたまちづくり計画策定を指向していく」ためには、区長と区役所のもとに施設建設や管理運営事務、まちづくり計画の立案権とその実施担当課などが移管されていることが必要だからである。予算要求権や執行権も不可欠である。しかし、区行政改革プランはこうした点には根本的に手をつけていない。まちづくりの担当部局を本庁に残したままでは、まちづくり計画を企画・策定せよと言ってもせいぜいイベントの計画程度にしかならざるをえない。 また、「白書」で区の課題が示されても、区の課題が市政の施策となっていくシステムと、区における実施体制とがないかぎり実現の保障は不確実である。健康保持は、環境保健局(保健所)、廃棄物は環境事業局(同局事務所)、公園の建設や管理は建設局(方面公園事務所)、道路・河川・橋梁の維持修繕管理は建設局(工営所)、下水道施設の維持管理は下水道局(管理事務所、下水道センター)と身近なまちづくりに関する権限が本庁部局やその出先機関に残されたままでは、区長の役割はせいぜい連絡調整にとどまざるをえない。区長の権限の強化策として具体的にあげられているのは、区役所・本庁・出先機関などが連絡調整を取り扱うことを目的とした「区における総合行政の推進に関する規則」の実行とか、予算編成において区長の意見を聞くなどにとどまっているのはプランの限界を示すものである。『中間報告』が宣言している「縦割り行政」から「横割り」への転換は単に区長による調整機能の問題ではなく、本庁部局の事務と権限にメスを入れ、区長に権限を集中することによってこそ実施が保障されるのである。 4.新たな地域管理づくり 住民参加については、従来の大阪市の行政姿勢の反省と改革が必要である。市のコミュニティ政策の特徴は、市行政への協力組織である地域振興会を核にして、半ば官製団体化した各種団体を育成・援助するとともに、市の事業をこれらの団体に委託することで市行政を形成していることである。市と地域振興会などの各種団体との協力関係のなかから、市は地域社会と住民を掌握管理するという大阪式地域管理システムをつくりあげてきた。住民の積極的なとりくみや、時には市と対峙する住民運動を含め住民のエネルギーを市行政に吸収していく姿勢が弱く、市が作りだしたシステムに住民を協力させるのが「住民参加」と誤解している例がしばしば見られる。 市の区行政改革プランはこうした従来の方式を踏襲し、新たな地域管理システムを再編成するねらいがある。例えば、区民参加型まちづくりのために提唱されている区長懇談会も、事前に参加対象者やテーマを設定したり、区民との事前調整をするといった根回しまがいのマニュアルが用意されており、結局おしきせの「住民参加」となる可能性がかなり強い。また、まちづくり活動支援について、まちづくりアドバイザーの派遣や団体活動費の助成を行う対象を「本市が認定した支援団体」としているが(『市行革実施計画』)、市から独立した第三者審査会によって認定する方式がとられないかぎり、これまでの市の行政姿勢から類推して、市による住民団体の差別・選別が強まる危険性が濃厚である。数年前から大阪市が枠組みづくりに着手し完成したとされている高齢者地域システムも、高齢者事業そのものは深刻化する高齢化社会への対策として重要ではあるが、従来大阪市が地域とのパイプとしてきた地域振興会などだけに依存するかぎり、市政に協力する住民組織を再編・強化するというもう一つの側面を否定しにくい。その他にも、コミュニティ支援や生涯学習推進、人権施策などのなかにもその危険性が散見できる。 V.区の制度とその問題点 1.区の制度 区の制度は、現在の地方自治制度のなかでは特殊な存在である。 現在の自治体は、主として都道府県と市町村から成り立っている。都道府県は広域自治体として広域事務・統一事務・連絡調整事務・補完事務を行い、市町村は基礎自治体として住民に最も身近な事務を行っている。この二層に重なった自治体行政によって住民へのサービスが提供されているのである。 ところが、大都市にかんしては三つの例外が設けられている。東京都特別区、政令指定都市(指定都市)、そして本年4月にスタートした中核市である。 指定都市は、大阪・京都・名古屋・横浜・神戸の5大都市に一般の市とは異なる位置と扱いを認めた特例制度として1956年度に創設された。北九州(1963年指定)、福岡・川崎・札幌(1972年)、広島(1980)、仙台(1989年)、千葉(1992年)を含め現在12市が指定されている。 2.指定都市と一般都市との違い 指定都市が一般の市と異なる点は三つある。 第一に、事務配分・監督上の特例がもうけられている。本来なら府県(または知事)が権限を持っている事務のうちいくつかが指定都市(または市長)に移譲される。また、一般の市では知事の監督を受けるところが、指定都市では知事監督が除外されたり、直接中央省庁の監督を受けたりする。 第二に、税財政上の特例で、事務の移譲や区の設置によって発生する財政需要に対応して特別の財源措置が設けられる。 第三に、行政組織上の特例である。指定都市は内部行政組織として区を設置しなければならない。市域の全域をいくつかの区画(区)に分割し、区の事務所として区役所が設置される。区役所には区長が置かれ、市長の権限に属する事務を分掌する。区の設置の他に、指定都市では人事委員会を設置しなくてはならず、自治体労働者の賃金や労働条件を勧告・報告するという違いがある。 3.指定都市と特別区の違い 大都市制度の一つである東京都特別区も指定都市と同じように、首長と議員を住民の直接選挙によって選ぶ自治体である。しかし、特別区は本来の自治体の権限の一部が東京都に吸い上げられた制限自治体である。 なお、指定都市の区は、「区」と名前は付くが、あくまで内部組織であるのにたいし、特別区は自治体そのものである。その意味で特別区を自治区、指定都市の区を行政区とよぶこともできる。 4.区制度とその問題点 指定都市の「区」は、指定都市の内部組織に関する特例である。区には事務所として区役所が置かれ、その長として市長が事務吏員のなかから区長を任命する。 区役所の事務内容は、出生届から死亡届の受付まで文字通り「ゆりかごから墓場まで」の仕事を行っているが、地方自治法上は「市長の権限に属する事務を分掌させる」とあるだけで、どの事務を区役所にやらせるかは市長の判断に委ねられている。しかし、区役所が市民にとって十分役立つものとなっているかと言えば必ずしもそうとは言えない。 第一に、担当している事務が限定されていて、区役所だけでは用件がすまないという問題がある。区役所のほかに、区における市行政の組織として、福祉事務所・保健所・区民センター・図書館などがある。環境事業局事務所や建設局工営所(出張所)、下水道管理事務所(下水道センター)も基本的には区を基準に受持区域が決められている。ところが、これらの事務所・施設は福祉事務所を除くとすべて本庁部局の出先機関とされ、区役所とは別組織になっている。そのために、当然のように保健所、環境事業局事務所、工営所と、それぞれ窓口が別になっている。 第二に、区役所や区長には事務・財政の権限がわずかしかないため、地域特性に見合った施策を迅速には行えない。区役所に行けば「区ではどうにもならない。本庁に行ってほしい」と言われ、本庁に行くと、「地域の小さな問題」ですまされるなど、区役所が市民と市政との間に立ちはだかる衝立(ついたて)となることがある。 第三に、市が人事配置の面で区を重要視していないという問題がある。区長をはじめ区役所の管理職の人事権は本庁人事担当部局にあり、そのうえ区役所での在職期間が短期間のため、区民と区役所管理職とのつながりは希薄になりがちである。また、区役所職員は本庁の統括部局などにくらべ昇任時期が遅いなどの差別処遇を受けている。そのために、区役所職員の仕事への意欲、働きがいは本庁職員にくらべると低いという調査報告(「大阪市行政の人と組織」)もある。これらも市が区を重要視していない証拠になっている。 区役所が地域の総合行政機関となっていないことは財政にも表れている。 区役所には収入役がおかれ、市の会計事務を補佐している。大阪市の財政のうち、一般会計では市歳入全体の約半分(市税)、国民健康保険事業会計では約3分の1(保険料)が区役所を通して集められる。これに対して区役所から支出するのは全体としてわずか2〜3%程度で、市民向けに直接支出することはほとんどない。区役所で集められた税収などの9割以上は本庁に吸い上げられたままである。 W.分権・参加型行政改革のための提言 1.地方分権と区行政 今日の区行政改革は地方分権の流れのなかで考えなくてはならない。ただし、ここでの地方分権とは、財界の戦略としてのそれではなく、地方自治を強める流れとしての地方分権である。そうした意味での地方分権は三つの側面から考える必要がある。 第一に、国と自治体との関係にかんするもので、国の権限を自治体に移譲する「自治体への分権」である。機関委任事務の廃止もその一つである。一般的に「団体自治」というばあいにはこれを指すことが多い。 第二は、「内なる分権化」と言われるもので、自治体内部においてできるだけ住民に身近な行政機関に市の権限を移譲する考えである。例えば東京都世田谷区の地域行政制度は、総合支所に本庁から大幅な事務事業および権限を移管するとともに、各出先機関を総合支所に極力統合している。また、政令指定都市において区役所に多くの権限を移譲する(「区への分権」)といった大区役所制の試みもそうである。 第三に、「住民参加」と言われるものである。ただ「住民参加」は言葉通り解釈すると、行政が主体で住民がそれに参加するといった意味合いがあり、住民こそ主人公という地方自治の趣旨からいうと正確な用語ではない。むしろ「行政参加」という方がふさわしいかもしれない。本『提言』では、自治体の政策意思決定の権限を本来の主人公である住民に委ねるという意味で「住民への分権」とよぶことにする。 一般的には地方自治の概念は「団体自治」と「住民自治」とで成り立っていると説明される。上記の三つの分権で言うと、「団体自治」は「自治体への分権」、「住民自治」は「住民への分権」に相当する。これにたいし「内なる分権化」「区への分権」はやや異なる意味を持っている。政令指定都市や東京都特別区などの大都市においては、単一の自治体としては人口規模が大きいため、住民の声が行政に届きにくいといった大都市行政の弊害が見られる。そのために自治体内部での権限を、市民に近い行政機関に分担・移譲することによって大都市行政の欠陥を補完しようというのが「内なる分権化」「区への分権」である。その意味で、「内なる分権化」は「団体自治」と「住民自治」とをつなぐ役割を持っている。 いずれにしろ、大阪市のような巨大都市においては、地方自治は「自治体への分権」「区への分権」「住民への分権」の三つの要素から成り立っている。 三要素のうち本『提言』が扱うのは「内なる分権」(「区への分権」)と「住民への分権」(「住民自治」)の二つである。「区への分権」の必要性はすでに述べたが、「住民への分権」もそれ以上に重要である。大阪市の区行政改革プランが現在の区行政の根本的・抜本的に変革するものとなっていないのは、この二つの分権策が中途半端であるからである。 2.大阪市での分権・参加型区行政改革提言 次に、どのような区行政改革をめざすべきかを提言する。 本『提言』の基本的スタンスは、大阪市の区行政改革プランの基本理念と個別提案を肯定的に評価しつつ、すでに批判的に述べた不十分性や問題点をのりこえる分権・参加型区行政改革提言を示すことにある。ただ、ここでは概要を示すにとどめる。詳細な具体的内容は、今後大阪市労組として組織内討議と市民との対話を進めることによって豊富なものにしていくこととしたい。 本『提言』で取り上げた区行政改革提言は次の四分野である。 @ 区長権限の強化を含む区役所の権限の強化(「区への分権」) A 住民の意思を区行政に反映するシステム(「住民への分権」) B 住民の利便を図る窓口サービスの改善 C 防災都市にふさわしい区役所 (1)区役所権限の強化(「区への分権」) 第一に、区役所を地域の総合行政の実施拠点として位置づけ、これに必要な改革を行う。大阪市の『最終報告』でも「地域の総合的行政機関としての区役所の機能拡充を図る」と述べられているが、問題はこれを内実のあるものにすることである。 区役所は、地域にかかわる事務事業や地域住民への行政サービスを総合的に展開するための地域的総合実施機関である。区役所の業務は、地域(区)の特性や住民の要求に適切に応えるために本庁の権限や組織を区役所に移管する「施策・組織の地域化」と、個別に行われがちの施策や施設・組織を地域生活に適合させるために結びつける「施設・組織の総合化」の両面から検討する必要がある。 なお、消防署・教育委員会・選挙管理委員会・保健所・福祉事務所などはおのおのの組織を設置し事務を処理することが法定されているので、戸籍事務・住民基本台帳事務・税務事務・保険年金事務などと同じように扱うことはできない。ただ、福祉事務所が事実上区役所組織の一部に組み込まれているように、他の組織・事務所であっても事実上区役所の組織とすることは可能だし、その方が縦割り行政の弊害を排するうえからも望ましい。しかし、O− 157問題のように保健所は独立した機関として機能を充実し残したほうがいい。以上のような基本をふまえたうえで、区役所の機構も画一的でなく、24区の地域特性と行政課題にマッチした組織内容を選択できるフレキシブルな区役所づくりは分権・参加の時代にふさわしい。 @ 区役所事務の拡充 次のような事務を区役所で新たに処理する。とくに事業部門を強化する。 ◎生活道路・河川・公園など小規模な土木事業の施工と維持管理 ◎建築確認申請受付事務・建築相談 ◎区におけるまちづくり計画の策定 ◎区民のまちづくりの取り組みに対する人・財政・情報の支援 ◎社会福祉施設や市営住宅の運営維持管理 ◎消費者保護 ◎中小零細業者の営業相談・指導 ◎行政情報の公開、地域・生活・行政情報の提供 以上の事務を処理するために、土木課・街づくり課・商工課・情報公開課などを新設する。 その他、環境事業局事務所や下水道管理事務所(下水道センター)で行っている事務なども順次区役所に組み込んでゆく。 A 区長の財政権限の強化 区で支出される財政は、本庁各部局が所管する財源を各事業ごとにいわゆるひも付きで区役所に配当され、区長がこれを執行するしくみとなっている。従って年度途中で不足すればその都度本庁所管部局に請求する。各種の公共施設の建設などいわゆるハードな街づくりにかかわる経費は区役所を通過せず、直接本庁によって執行される。区民の要望に応え、これを実現しようにも区長には財政的裏付けがないため区役所では限界がある。 区長が自主的に執行できる事業予算としては、区政振興費・区環境整備費・区企画調整費の3種類あるが、すでに述べたように不十分である。 区の実情に応じた施策を区長が行えるよう次のような財政システムに導入する。 ◎区長は、毎年予算編成期の前に、後述の住民の「区民会議」や住民の陳情・要求にもとづき、区において実施する事業の予算要求書を作成し財政局に提出するとともに区民に公表する。 ◎査定の結果予算が認められなかった場合、財政局・事業主管部局及び区長はその理由を区民に説明する。 ◎区長は、区において執行された決算状況を区民に報告する。 ◎このほか区長の裁量で執行できる独自予算はソフトな「まちづくり予算」に限定せず、ハードな「街づくり予算」も含むものとする。 B 区における企画・計画・実施機能の強化 ◎区内のまちづくり計画など各種の計画は区においてまず立案し、これを積み上げ、市全体で調整するようにするなど、区における企画・計画機能を強化する。 ◎企画・計画だけでなく、実施機能も行使できるよう区の事業部門を拡大・強化する。 (2)区民の声を区行政に反映させるシステムづくり @ 住民の意思を行政に反映させるシステム(「区民会議」)づくり 住民の意思を行政に反映するためのシステム(「区民会議」)をつくる。このシステムづくりは一種の政治改革の側面ももっている。 「区民会議」の形態としては、例えば東京都中野区の住区協議会や、区民による公選の区民議会の設置などが考えられる。中野区では、区(人口約30万人)の領域を15の地域(住区)に区分し、それぞれに地域センターを設置している。各住区には、区民参加を日常的・継続的に行う地域住民の自主運営組織である住区協議会が設置されている。住区協議会は「50人程度の委員で、委員は、@地域の団体から推薦された人、A行政協力員の中から推薦された人、B公募に応じた人となっている。しかし、委員数を制限しないところ、公募ばかりのところとかなりバラツキがある。また、すべてのところで、3〜6の課題別小委員会が設置され、調査・研究・施策形成・そして運営に参画している」(『中野区・福祉都市への挑戦』一番ケ瀬康子など編著、1993年)という。中野区当局は住区協議会と緊密に連携をとって区政を運営している。 地域振興会を「区民会議」として活用するのも一案である。ただし、この場合は、地域振興会が事実上、大阪市行政の下請け組織になっていることを改め、まちづくりという目的を明確にすること、役員の選任方法に一定の基準を設けることなどの改革が必要である。 こうした「区民会議」は、法的には地方自治法による附属機関とし、区選出の市議会議員と一定数の公募委員を含めるものとする。協議会にしろ区民議会にしろ地域振興会にしろ、いずれの場合でも、そこで決定した意思は最大限尊重する義務を大阪市に負わせなくてはならない。施策として受け入れられない場合は、市は区民に対しその理由などを説明、釈明する義務を負う。 A 区長準公選 現在は市長の任命となっている区長を、区民自身が選挙で選んだ人を市長が区長に任命する区長準公選制を採用する。これは、公選制実施前の特別区長やかつての中野区教育委員の準公選制をモデルとしている。 ただこの制度は、区長は事務吏員から任命されることを定めた地方自治法の規定があるため、任免のうえで難点がある。とくに地方公務員法上免職が難しい。そこで地方分権特例制度、いわゆるパイロット自治体制度を活用して区長準公選制の実験をやってみてはどうか。もっとも現在のパイロット自治体制度では、「法律の制定又は改正を要しない範囲」での実験しか認められない制約があるが、とてもパイロット(実験的)と言えない現行制度の欠陥を明らかにする意味でも名乗りを上げる勇気を見せてほしい。 B 区行政を区民にオープンにする ◎区役所に情報公開課を置き、保健・医療・福祉サービスなどの地域実態や各種統計、区における都市計画・地区計画などの情報を 公開・提供する。情報公開課は、公文書館における情報公開窓口としての機能も持たせる。 ◎大阪市の各種審議会を公開するとともに、当該区に関係するテーマを議論する審議会には区民の代表を委員として加える。 (3)窓口サービスの改善 @施策・組織の総合化 縦割り行政の弊害をなくすため、施策・組織の総合化を進める。 ◎「企画部門・相談窓口部門・実施(サービス提供)部門との統合化」を実現するため組織体制を再編成する ◎市民の利便を考え区役所に保健と福祉の統合化された総合窓口をつくる。 A窓口サービスの改善 大阪市情報化計画によって住民基本台帳事務のオンライン化などが進んでいるが、行政情報のコンピュータ処理化の推進によって、受付窓口の総合化、スピードアップなど窓口サービスの改善をすすめる。 B区役所間の職員数の「アンバランス」の是正 新たに区役所に移る事務事業に要する人員を配置したうえで住民基本台帳事務のオンライン化などによる区間の業務量増減や人口の多い周辺区と減少している区との間にある職員配置数の「アンバランス」を是正する。 (4)防災都市にふさわしい区役所 本『提言』によって改革された区役所は、防災都市にとっても有意義である。阪神大震災では、直後に被災した区民が区役所窓口に殺到したが、地域的総合行政機関のはずの区役所には、住宅や道路行政、がれきの処理などの権限がなかった。区役所は市政批判の矢面に立たされパニック状態に陥った。狭い庁舎は被災者を受け入れる余地がなく、一時期は通路で避難生活をよぎなくされた被災区民もいた。しかし、避難所での救援活動をはじめ災害応急対策や災害復旧対策においては、地域実情を熟知している区役所職員がもっとも頼りがいある存在であり、大きな力を発揮したと言われている。 幅広い事務と権限をもち、ゆとりある庁舎と人員が、確保された区役所は防災行政面からも必要である。 X.提言実現にむけた市労組の運動 以上のような改革をすすめることによって、市民にとっては、市民の要望に応えてくれる区役所づくりが進むだろう。また市役所労働者は、現在の制限された権限しか持たない区制度の枠内で窓口中心のルーチンワーク(事務)に閉じこめられた区制労働者の桎梏から解放され、区民の顔が見える仕事、区行政を住民とともにつくり上げていることが実感できる区政労働者に高まってゆくだろう。 もちろん、区行政が改革されても、市政革新が自動的にすすむわけではない。市政革新の運動はそれ自体独自の取り組みが必要である。区行政改革についての本『提言』は主として区行政のシステムの民主的改革であって行政の内容そのものを変革するものではない。したがって、区行政改革と市政革新とがあいまって、大阪市政が市民主体の革新・民主の市政に変革してゆくのである。 こうした展望のもとに、大阪市労組として、市内の自治体労働者や民間労働者、市民と協力し、対話活動やシンポジウムを開催、各区の地域白書づくりをすすめ、そして区民運動発展の先導役をになっていかなければならない。 |